熊本地方裁判所 平成4年(ワ)240号 判決 1997年3月26日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
龍野勇
被告
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
五十嵐庸晏
被告
熊本県火災共済協同組合
右代表者代表理事
生田正一
被告
宇城農業共済組合
右代表者理事
本郷幹雄
右三名訴訟代理人弁護士
田中登
同
加藤文郎
同
冨永清美
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
原告に対し、被告東京海上火災保険株式会社は一〇〇〇万円、同熊本県火災共済協同組合は五〇〇万円、同宇城農業共済組合は一五〇〇万円、及びそれぞれ右金員に対する平成二年一〇月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 事案の概要
原告は、被告らとの間で、原告所有の建物について火災保険・共済契約を締結したが、右建物が火災により焼失したとして、火災保険・共済金の支払を求めたが、これに対し、被告らは、原告は火災保険・共済金を不正に取得する目的で被告らとの間で火災保険・共済契約を締結したので、同契約は民法九〇条又は同法九五条により無効というべきであるから、火災保険・共済金の支払義務を負わないと主張して争っている。
なお、被告らは、右主張の根拠として、大要、(1) 出火原因が不審であること、(2) 火災保険・共済契約のわずか約七か月後に火災が発生したこと、(3) 原告が右建物を取得した目的が明らかでないこと、(4) 原告が右建物の管理を過去三回の火災歴のある人物に任せたこと、(5) 原告は右建物を取得した後すぐ積極的に火災保険・共済契約を締結したこと、(6) 原告は被告らとの間で新規に相互に重複契約となる火災保険・共済契約を締結したこと、(7) 火災保険・共済金の額が右建物の価額を著しく超過していること、(8) 原告には過去三回の火災保険・共済金の取得歴があること、(9) 原告の経歴、職業及び周辺人物に問題がないではないこと、以上の諸点を指摘している。
1 争いのない事実等(末尾に証拠等を掲げた外は争いがない。)
(一) 当事者
(1) 原告は、昭和三年七月に熊本県宇土市内で出生し、高等簿記学校を卒業し、実家の農業を手伝った後、昭和二八年ころ熊本市内に転居し、金融業を営むなどした外、昭和四五年には宇土市に戻って「○○」の名称で物産販売をしていたが、昭和四五年九月の宇土市市会議員選挙に立候補して当選し、市会議員を務めた後、県会議員選挙に二回立候補したが、いずれも落選し、昭和六一年九月に再び宇土市市会議員選挙に立候補して当選し、以後、平成六年九月の同選挙まで三期続けて当選しており、平成元年前後には二年間にわたって市議会議長を務めたものである。また、原告は、昭和四五年宇土市に戻るまでに数回刑事事件に関連し、二回にわたり判決を受けたことがあり、更に昭和五四年にも公職選挙法違反で検挙されて判決を受けた。
(2) 被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、火災保険事業等を目的とする会社であり、被告熊本県火災共済協同組合(以下「被告県共済」という。)は、組合員のためにする火災共済事業等を目的とする協同組合であり、被告宇城農業共済組合(以下「被告宇城共済」という。)は、組合員が不慮の事故によって受けることのある損失を補てんしてその農業経営の安定を図るため、農業災害補償法に基づき共済事業を行うことを目的とする共済組合である。
(二) 本件建物に対する付保状況
原告は、被告らとの間で、原告所有の別紙物件目録記載の建物(建物の配置等は別紙建物配置図及び同建物見取図のとおりである。以下「本件建物」という((なお、登記簿上の表示は乙八二、八三、罹災当時の状況は乙七四、七六による。))。)につき、原告を被保険者として、次の(1)ないし(4)のとおり火災保険・共済金の額が合計八五〇〇万円の火災保険・共済契約(以下「本件各契約」という。)を締結した。なお、原告は、次の(1)、(3)及び(4)の各契約に基づき、本件保険・共済金を請求している。
(1) 被告東京海上との火災保険契約(住居を目的とするもの)
① 契約日 昭和六三年一二月一九日
② 契約の種類 火災保険普通保険契約
③ 証券番号 五〇〇四九八五八三六―〇
④ 保険期間 昭和六三年一二月一九日から一年
⑤ 保険金額 三〇〇〇万円
(2) 被告東京海上との火災保険契約(倉庫を目的とするもの)
① 契約日 昭和六三年一二月一九日
② 契約の種類 火災保険普通保険契約
③ 証券番号 五〇〇四九八五八三七―〇
④ 保険期間 昭和六三年一二月一九日から一年
⑤ 保険金額 一五〇〇万円
(3) 被告県共済との火災共済契約
① 契約日 昭和六三年一二月二八日
② 契約の種類 普通火災共済契約
③ 契約証書番号 第〇八八〇〇〇〇四二八五五号
④ 共済期間 昭和六三年一二月二八日から一年
⑤ 共済金額 一五〇〇万円
(4) 被告宇城共済との火災共済契約
① 契約日 昭和六三年一二月二八日
② 契約の種類 建物火災共済契約
③ 証券番号 三一二〇一八八
④ 共済期間 昭和六三年一二月二八日から一年
⑤ 共済金額 二五〇〇万円
(三) 本件火災の発生
本件建物は、平成元年七月二七日午前二時三〇分ころ発生した火災(以下「本件火災」という。)により、その大半が焼損した。すなわち、本件建物は、本件火災により、中央棟(別紙符号見取図の①建物)が全焼し、東側棟(同③建物)が半焼し、南側棟(同②建物)及び土蔵(物置、同④建物)の一部が焼損した(乙一、一六)。
近隣の者が本件火災を発見したときは、既に本件建物の中央棟の南東部の屋根付近に四、五メートルの炎が上がっており、通報により間もなく駆け付けた消防隊の消火活動の結果、約一時間後に鎮圧された。そして、本件火災後の調査の結果、本件建物の中央棟の南東部にある通路に面した物置(別紙符号見取図の(ロ)の物置)の通路側の部分に激しい焼燬が認められたので、この付近が出火場所であると推定された。その付近では、焼けた残滓から強い油の匂いが感じられ、実際に少量の油性反応があった。また、その近くに灯油のボイラー及び灯油のタンクがあったが、灯油が漏れた形跡は認められなかった。更に、右出火場所は、通常、まったく火の気のない場所であり、当時は通電されていなかったから、漏電が出火原因であったとは考えられない。
(四) 原告の被告らに対する本件各契約に基づく火災保険・共済金の請求
原告は、被告らに対し、遅くとも平成二年一〇月二二日までに到達した書面で保険・共済金の支払について話合いによる解決を求める旨の申し入れをした。
(五) 原告による本件建物の取得とその後の管理
(1) 本件建物及びその敷地につき、不動産競売手続が開始され、最低売却価額一三九一万三〇〇〇円(そのうち本件建物は四一五万二〇〇〇円)と評価され、原告がこれを一三九一万五〇〇〇円で買い受け、昭和六三年一二月一三日所有権を取得した。
(2) 原告は、知り合いの株式会社T建設の代表者Tに対し、本件建物の管理を委任した。
(六) 本件火災当時の本件建物以外の原告所有の建物とこれに対する付保状況
(1) 原告所有の建物
① 熊本県宇土市<地番省略>の原告所有地上に第一火災後の昭和五六年に建築された平家建の建物(床面積180.51平方メートル)で、住居としては使用されておらず、原告の政治活動のための集会場として使用されている(なお、第一火災当時の旧建物には原告の妻の父母が居住していた。)。
② 熊本県宇土市<地番省略>の本件火災当時は原告所有であった土地上に昭和六一年に建築された平家建の住宅(床面積83.99平方メートル)で、原告の長男が妻子と共に居住している。
③ 熊本県宇土市<地番省略>の借地上の昭和五一年建築の二階建の住宅(床面積一階154.72平方メートル、二階111.36平方メートル)で、原告夫婦と原告の二女が居住している。
④ 右借地上の昭和五一年建築の店舗・共同住宅(床面積86.47平方メートル)で、第三者に賃貸している。
(2) 付保状況
原告は、昭和六三年一二月に順次本件各契約を締結したころ、右(1)の①ないし④の各建物のうち、①の建物につき、安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)との間で保険金額が一五〇〇万円前後の火災保険契約を締結していたが、他の建物については火災保険・共済契約を締結していなかった(原告)。
(七) 原告の火災保険・共済金の取得歴
原告は、次のとおり過去に火災保険・共済金を取得した。
(1) 第一火災
昭和五五年五月三日午前三時三〇分ころ、原告所有の熊本県宇土市<地番省略>の居宅、木造瓦葺平家建、床面積115.50平方メートルの原告の妻の父母(旅行中)が居住していた建物が全焼した(以下「第一火災」という。)。その出火場所は床の間付近であり、出火原因については、電気こたつが通電状態にあったため、過熱又は漏電による出火の可能性が考えられるが、施錠されていないガラス戸があったため、外部の者による放火の可能性も否定できないものとされている(乙六三、六四、一二七、一二九)。なお、第一火災の前、昭和五四年一二月二七日午後一一時三〇分ころ、第一火災の罹災建物につき、ぼやが発生したが、その出火場所は、流し台の配水管の下で、火の気のない箇所であり、出火原因は不明であった(弁論の全趣旨)。
① 罹災建物の付保状況
原告は、昭和五四年七月一六日ころ被告県共済との間で、また同年五月三一日ころ熊本県農業共済組合連合会との間で、それぞれ火災共済契約を締結していた(なお、被告らは、他にも、原告が後記2(七)(1)のとおり富士火災海上保険株式会社((以下「富士火災」という))との間で火災保険契約を締結していた旨主張している。)
② 原告と罹災建物の関係
原告は、罹災建物を所有していた。
③ 火災保険・共済金の受領状況
原告は、昭和五五年五月二〇日ころ、被告県共済との間の火災共済契約に基づき、罹災による損害てん補金として一〇九八万円を受領し、同月二七日ころ、熊本県農業共済組合連合会との間の火災共済契約に基づき、火災共済金一六〇〇万円を受領した(乙一二六ないし一三九、一九七)(なお、被告らは、他にも、後記2(七)(1)のとおり、原告が富士火災との間の火災保険契約に基づき、火災保険金約一〇〇〇万円を受領した旨主張している。)。
(2) 第二火災
昭和五七年五月六日午後一時四〇分ころ、Aが所有し、その父Bが居住する、熊本県宇土市長浜町字多出迫<地番略>所在の居宅、木造セメント瓦葺平家建、床面積94.87平方メートル(乙一八七)を全焼した(以下「第二火災」という。)。その原因は、Bの放火であった。
① 罹災建物の付保状況
安田火災との間において、昭和五三年一二月二二日ころ、Aの名義で保険金額一〇〇〇万円の火災保険契約が締結され、被告県共済との間において、昭和五七年三月三〇日ころ、「A」の名義で共済金額二〇〇万円の火災共済契約が締結され、全国労働者共済生活協同組合連合会熊本県本部(以下「全労災」という。)との間において、昭和五六年一二月一日ころ、Bの名義で共済金額一〇〇〇万円の火災共済契約が締結されていた(乙一四〇の1ないし6、一四二)。
② 原告と罹災建物の関係
原告は、罹災建物とその敷地に抵当権を設定していた。すなわち、原告は、昭和五六年一二月二四日付で、罹災建物につき、Aに対する一〇〇〇万円の貸金債権を被担保債権とする抵当権設定登記を経由していた(乙一八七)。
③ 火災保険・共済金の受領状況
原告は、右のとおり罹災建物に抵当権を設定していたので、物上代位権に基づき、安田火災から支払われた火災保険金のうち四〇〇万円を受領した(なお、これに関する被告らの主張と原告の反論は、後記2(七)(2)のとおりである。)。
(3) 第三火災
昭和五八年九月八日午前零時一〇分ころ、C所有の熊本県八代市北原町字東北原<地番略>所在の家屋番号四四番、居宅、木造セメント瓦葺平家建、床面積142.17平方メートルの建物を全焼した(以下「第三火災」という。)。その原因は、不明である。
① 罹災建物の付保状況
原告は、昭和五七年一〇月二八日ころ、興亜火災海上保険株式会社、(以下「興亜火災」という。)との間において、原告名義で保険金額を二〇〇〇万円とする火災保険契約を締結した。この契約における被保険者はCであった(乙一四八ないし一五〇)。更に、原告は、同年一二月二三日ころ、金剛農業協同組合(以下「金剛農協」という。)との間において、原告名義で共済金額を一四〇〇万円とする火災共済契約を締結した(乙一五八)(なお、被告らは、他にも、Cと原告が後記2(七)(3)とおり火災保険・共済契約を締結した旨主張している。)。
② 原告と罹災建物の関係
原告は、Cに対し、多額の貸金債権を有していた。そして、原告は、第三火災の罹災建物につき、昭和五六年四月六日、貸金債権の債務不履行を停止条件とする代物弁済を原因として、条件付所有権移転仮登記を経由していた(乙一九六)。
③ 火災保険・共済金の受領状況
原告は、Cに対する債権を担保するため、同年一〇月二八日、興亜火災との間で、Cを被保険者とする保険金額二〇〇〇万円の火災保険契約を興亜火災との間で締結し、昭和五八年二月二八日、これに質権を設定したが、その後、同年九月八日に第三火災が発生し、同年一二月一四日、右契約に基づいて火災保険金一一七五万円を取得した(乙一五一ないし一五七、一八四)。
また、原告は、第三火災により、金剛農協から火災共済金を受け取った(なお、被告らは、原告が金剛農協から火災共済金を受け取ったかどうかは不明であると陳述しているが、原告は、興亜火災の外、農協から物上代位権に基づいて火災共済金を受け取ったことを認めており((甲九参照))、ここにいう農協は証拠((乙一五八))及び弁論の全趣旨に照らして金剛農協を指すと考えられるので、少なくとも、原告は、Cに対して債権を有していた関係で、金剛農協から火災共済金を受領したということができる。)。
2 当事者の主張
(一) 原告が本件各契約を締結した際の状況
被告らは、原告がそれまで何の関連もなかった被告東京海上との間でいわゆる飛び込みの形で火災保険契約を締結したのは、過去の火災保険金取得歴を知られたくなかったからであり、過去に火災共済金を受け取ったことのある被告県共済と火災共済契約を締結したのは、共済加入事務を取り扱っていた熊本県信用組合との間で融資の取引をしていたという関係があったからであり、また、被告宇城共済との間には原告がその理事であって共済加入事務を担当する職員のいわば上司であるという関係があったのであり、以上のような本件各契約の締結時の状況は、原告が本件建物につき保険・共済事故が発生する可能性を意識していたことの一つの証左であると主張している。
これに対し、原告は、宇土市役所の議会事務局によく出入りしていたが、その近くに被告東京海上宇土支店があり、競売により取得した本件建物につき保険・共済契約を締結する必要があったので、たまたま被告東京海上と火災保険契約を締結したに過ぎず、被告県共済については、熊本県信用組合からの借入の関係で同信用組合の職員からいわば強制的に火災共済契約を締結させられたものであり、被告宇城共済については、その職員が宇土市役所の共済係によく出入りしていたことから原告を知るようになり、その職員から勧誘されて火災共済契約を締結したものであると反論している。
(二) 本件火災の原因
被告らは、右1(三)のとおり、出火場所と推定された付近には灯油が存在し、これによって燃焼が助長されたと推定されること、その付近にあったボイラーやタンクから灯油が漏れ出たものではないこと、本件火災の原因は漏電であったとは考えられないことの外、本件建物は空家で無人であったが、一応の施錠はされていたこと、本件建物は奥まった閑静な立地条件にあり、国道沿いなどと異なり、通り掛かりの者が侵入する可能性はほとんど考えられないこと、また、出火時間は深夜であって、子供等のいたずらとも考えられないことなどを併せ考えると、本件火災は、本件建物の焼燬を意図した何者かによる放火であると推定される旨主張している。
これに対する原告の反論は、次のとおりである。すなわち、① 本件建物の中央棟の南東部にある物置の通路側の部分が出火場所であるとは断定できず、その付近に灯油が存在し、これによって焼燬が助長されたと推定できるかどうかは疑問であるし、その付近のボイラーの一部が焼燬しており、灯油が洩れていないとは断定できないし、② 消防署の係官の判定によると、本件建物は空家であり南側アルミサッシ窓には鍵が掛かっていなかったことなどから、外部の者による放火も考えられるが、その可能性は薄く、原告は平成元年七月二五日から同月二七日まで妻と一緒にソウルに研修旅行中であり、人格者でもあることなどから、原告の放火とも認められず、結局、本件火災の原因は不明と判断されており、また、③ 貼り紙がよく破られていたこと、Tが事実上管理していたとき、何度か誰かが出入りした様子があったこと、それ以前に岩崎和夫(以下「和夫」という。)が不審な言動をしていたことなどから、和夫その他の外部の者による失火その他の原因による出火も考えられないではない、以上のとおり反論している。
(三) 原告が本件建物を取得した経緯
被告らは、原告が次の(1)ないし(3)の経緯を経て、右1(五)(1)のとおり本件建物の所有権を取得したと主張している。
(1) 和夫は、有限会社岩崎商店(以下「岩崎商店」という。)の経営者であり、本件建物及びその敷地を所有していたが、昭和五三年ころから入院し、岩崎商店の実質的な経営を妻岩崎憲子(以下「憲子」という。)に任せていた。
(2) 憲子は、和夫の弟の借金を代わりに返済したことなどから、店の経営状態が悪化し、金融業者等からの借金で資金繰りをし、原告からも昭和六二年三月ころには五二〇万円を借りていた。
(3) 憲子は、昭和六一年一一月ころ、知人からT建設が工事代金の見積書等を水増しして金融機関から運転資金を借りてくれると聞き、T建設に赴いて相談した結果、昭和六二年三月二九日、本件建物及びその敷地等の不動産を担保として熊本相互銀行から四〇〇〇万円の融資を得ることができたが、T建設への店舗改装工事代金一六〇〇万円の支払や債権者への弁済等のため、岩崎商店の経営を改善することはできず、昭和六二年一二月には岩崎商店が倒産した。
(四) 原告が本件建物を取得した目的
被告らは、原告が本件建物を買い受けたのは転売利益を得るためであったと主張している。また、これに関連して、被告らは、原告とTとは親しい関係にあったが、原告がTに対し、本件建物を共同で競売により買い受けることを提案したり、買い受けた後の本件建物の売却を委任したりした旨主張している。
これに対し、原告は、縫製工場を営むため本件建物を買い受け、そのための事業計画も立案したのであり、ただ、本件建物を買い受けた後、知人から相当高い金額で売れるなら売った方がよいのではないかという話が出たので、これに同調したことはあるが、当初から転売する目的で買い受けたのではない旨反論している。
(五) 本件建物の管理状況
被告らは、Tが次の(1)ないし(4)のとおり火災や事故に関係した旨主張しているが、これにつき、原告は知らないと述べている。また、原告は、仮にTが本件建物を管理していたとしても、もともと株式会社相銀住宅ローン(以下「相銀住宅ローン」という。)の関係で管理していたのであり、当初より原告から管理を依頼されたわけではなく、原告が本件各契約を締結したこととは無関係であるし、Tの過去の保険金取得歴も本件保険・共済金請求とは関係がない旨反論している。
(1) T所有の熊本県下益城郡小川町大字東海東<地番略>の建物が昭和四一年三月一日に全焼した。その原因はTの失火とされている。Tは、火災保険金三〇〇〇万ないし四〇〇〇万円を受領した。
(2) T所有の熊本県下益城郡小川町大字江頭<地番略>の建物を昭和五五年一一月二二日に全焼した。その原因は不明とされている。Tは、火災保険金一億円余を受領した。
(3) 米村功(以下「米村」という。)所有名義の熊本県八代郡坂本村大字西部<地番略>の建物(旧旅館で、当時は空家)を昭和六〇年六月九日に全焼した。その原因は不明とされている。火災保険金六〇〇〇万円は、米村及びTが債務を負っていた銀行に支払われた。
(4) T夫婦及びその周囲の者は、昭和五四年から昭和五六年にかけて数回の事故(自動車事故及び労災事故)に遭遇した。その結果、T夫婦やT建設に保険金合計約五〇〇〇万円が支払われた。
(六) 本件建物の評価
被告らは、本件建物の規模構造及び立地条件からみて、本件建物はほとんど市場価値がなく、競売時の評価と同程度の低い評価しか認められないし、むしろ、通常の売買では、その収去費用を考慮して本件建物の評価は零とされる可能性があったのに、原告は本件建物につき八五〇〇万円に上る本件各契約を締結しており、火災保険・共済金の額が本件建物の価額を著しく超過している旨主張している。
これに対し、原告は、T建設が昭和六一年六月ころ約二五〇〇万ないし三〇〇〇万円で本件建物の増改築工事を行ったこと、本件建物には合計八〇〇〇万円近くの担保権が設定されていたこと、本件建物については、別棟として倉庫や物置がある上、一〇〇坪以上の堅固な建物であり、しかも道路に面しているので、かなり市場価値があったことなどに照らし、本件建物には七〇〇〇万ないし八〇〇〇万円以上の価値があった旨反論している。
(七) 原告の火災保険・共済金の取得歴
(1) 第一火災について
被告らは、第一火災の罹災建物につき、原告は、右1(七)(1)①の各火災共済契約の外、契約日は不明であるが、富士火災との間で火災保険契約を締結しており、同契約に基づき、火災保険金約一〇〇〇万円を受領した旨主張している。原告は、これを否認している。
(2) 第二火災について
被告らは、安田火災との間の火災保険契約につき、原告がAの名義で契約を締結して保険料を支払っていた旨主張している。また、被告らは、原告が有していた貸金債権の元本は一二〇万円であったのに、罹災建物に被担保債権を一〇〇〇万円とする抵当権が設定され、その結果として原告が火災保険金のうち四〇〇万円を受け取った旨主張している。
一方、原告は、安田火災から支払われた火災保険金のうち四〇〇万円を受領した経緯につき、罹災建物に抵当権を有していたので、第二火災後、たまたま安田火災の代理人の弁護士から連絡を受け、物上代位権に基づいて四〇〇万円を受領したに過ぎないと反論している。
(3) 第三火災について
被告らは、右1(七)(3)①の火災保険・共済契約の外、① Cは、昭和五七年九月二七日ころ、被告県共済との間において、C名義で共済金額を一〇〇〇万円とする火災共済契約を締結し、被告県共済から火災共済金として八代信用組合に一〇〇〇万円、Cに七五万円が支払われており、② 原告は、昭和五七年一〇月三〇日及び昭和五八年一月二七日、日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)との間において、原告名義で保険金額二〇〇〇万円の火災保険契約及び債権保全火災保険契約を締結した旨主張している。また、被告らは、第三火災の罹災建物については、不動産競売手続の進行中に火災保険・共済契約が締結された旨主張している。
原告は、右1(七)(3)①のとおり興亜火災及び金剛農協との間で火災保険・共済契約を締結した理由につき、Cに対し多額の債権を有していたが、Cから積極的に火災保険・共済契約を締結するように持ち掛けられたことから、右のとおり契約を締結したに過ぎない旨主張している。また、被告らの右主張につき、原告は、被告県共済との間の火災共済契約については知らないし、日動火災との間の火災保険契約についても記憶がないと反論し、更に、第三火災の罹災建物について火災保険・共済契約が締結されたのは、不動産競売手続が開始される前であったと反論している。
3 争点
(一) 次の(二)及び(三)について判断する前提として、原告が、保険・共済金を不正に取得する目的をもって本件各契約を締結したかどうかの判断に影響を及ぼす事項につき、どのような事実が認められるか。とりわけ、右2に掲げた各事項(原告が本件各契約を締結した際の状況、本件火災の原因、原告が本件建物を取得した経緯及び目的、本件建物の管理状況、本件建物の評価、原告の火災保険・共済金の取得歴)につき、被告らの主張する事実が認められるかどうか。
(二) 本件各契約は、公序良俗に違反し、無効であるかどうか。
(被告らの主張)
一般に、保険は、多数の保険契約者が拠出した保険料を積み立て、主として偶然の保険事故により損害を被った被保険者に保険金を支払う制度であるが、ここに不正な保険事故が介在すると、当該被保険者は善良な保険契約者又は被保険者の犠牲において利得することとなり、保険制度の健全な運営と発展を阻害することとなるのであり、この点は共済においても同様であるから、モラルリスク(保険・共済金の不正取得を目的とする保険・共済事故)を看過することはできない。
本件保険・共済金請求について考えるに、事案の概要の冒頭掲記の被告らの主張の根拠(1)ないし(9)を総合すると、本件各契約は、保険・共済金の不正取得を目的とするものであるとの疑いがあり、仮にそれが偶然の火災事故を想定したものであったとしても、著しく射倖的又は賭博的なものであり、かつ、原状回復又は実損害のてん補を目的とする損害保険・共済の本質にもとる不相当な結果を目的とするものであるから、公序良俗に違反するというべきである。
(原告の反論)
一般的に公序良俗に違反すると理解されているものは、犯罪その他不正行為を慫慂し又はこれに加担する契約のように正義の観念に反するもの、あるいは他人の無思慮、窮迫に乗して不当の利を博する行為などである。
しかし、本件保険・共済金請求においては、原告が本件各契約を締結した経緯、三〇〇〇万円近くを費やして補修された本件建物の価値とそれに見合うと考えられる保険・共済金額、その後の経過、本件火災の原因とそれまでの本件建物の管理状況等に照らし、本件各契約が犯罪その他不正行為を慫慂心し又はこれに加担する契約に該当するとはいえず、正義の観念に反し公序良俗に違反するということはできない。また、本件各契約の相手方は、いわば火災保険・共済のプロであり、厳格な調査と審査をした上で本件各契約を締結したのであるから、本件各契約の締結が他人の無思慮、窮迫に乗じて不当の利を博する行為に該当するということもできない。したがって、本件各契約の締結につき、公序良俗に違反するといえるほどの特異な事情があるとは認められないというべきである。
(三) 本件各契約は、要素に錯誤があり、無効であるかどうか。
(被告らの主張)
原告は、過去に三回も火災保険・共済金を取得した事実があり、本件各契約によって巨額の利益を得る目的があったのに、これらの事実や目的を秘して被告らに対し本件各契約の申込をし、これらの事実や目的がないものと誤信させ、被告らとの間で本件各契約を締結したのであるが、もし被告らが本件各契約の締結に先立ってこれらの事実や目的を知っておれば、火災保険・共済事故の発生の危険性や損害保険・共済の本質に照らして、本件各契約を締結しなかったと考えられるので、本件各契約の要素に錯誤があるというべきである。
(原告の反論)
原告は、本件各契約を締結した際、不正に利益を得る目的を有しておらず、このような不相当な目的を秘して本件各契約の申込をしたこともないのであるから、錯誤の要件に該当するような事情はなく、したがって、被告らの錯誤の主張は失当である。
三 争点に対する判断
1 争点(一)について
(一) 原告が本件各契約を締結した際の状況
(1) 前記争いのない事実等の外、証拠(甲二、三の1、2、八の1ないし3、八〇ないし九三、証人T、原告)及び弁論の全趣旨によると、原告は、昭和六三年一二月六日、不動産競売手続において、本件建物及びその敷地を買い受け、同月一三日、その旨の所有権移転登記を取得したこと、原告は、同月一九日、自ら積極的に、被告東京海上との間で、本件建物につき、保険の目的を住居とする保険金額三〇〇〇万円の火災保険契約と保険の目的を倉庫とする保険金額一五〇〇万円の火災保険契約を締結したこと、また、原告は、Tから、本件建物が空家になっているし、憲子の息子や娘も出入りしている様子があるので、火災保険に加入した方がよいと言われ、同月二八日、被告宇城共済との間で、本件建物について共済金額を二五〇〇万円とする火災共済契約を締結したこと、更に、原告は、熊本県信用組合宇土支店に融資の申込をし、同月二七日、本件建物及びその敷地に、同信用組合を根抵当権者とする極度額一〇〇〇万円の根抵当権を設定し、その旨の登記を経由したが、そのとき同信用組合から火災共済に加入するように依頼され、同月二八日、被告県共済との間で、本件建物について共済金額を一五〇〇万円とする火災共済契約を締結したこと、その後、原告は、同信用組合に再度の融資又は融資枠の拡大の申込をし、資金の使途、事業計画等の書類を提出するように依頼されたが、提出できないと返事をしたため、融資又は融資枠の拡大を受けられず、右の根抵当権設定登記の抹消と被告県共済との間の火災共済契約の解約を申し入れ、平成元年七月二四日付で根抵当権設定登記の抹消登記手続が行われたが、火災共済契約については継続を勧められ、そのまま継続したことなどの事実を認めることができる。
(2) 更に検討するに、次の①ないし④のとおり指摘することができる。
① 前記一1(六)で摘示した事実と原告の供述によると、原告は、本件火災当時、本件建物以外にも建物を所有していたが、これらの建物のうち火災保険・共済に加入していたのは第一火災後に再築された建物だけであり、しかも、この再築建物に付された火災保険は、その再築の資金を安田火災から借り受けるに当たって担保のため加入したものであって、原告が積極的に加入したものではないし、その他の建物については、原告夫婦と原告の二女が居住する建物も含め、火災保険・共済に加入していなかったと認めることができる。ところが、原告は、本件建物については、その所有権を取得した後、一か月にも満たない間に、保険・共済金額の合計が八五〇〇万円に上る火災保険・共済契約を締結しており、その理由につき、本件建物の価値が少なくとも五〇〇〇万円はあると思っていたと説明しているが、その説明内容は後記(五)で検討するとおり信用できず、特に本件建物だけに多額の火災保険・共済を付した理由につき、何ら合理的な説明ができていないといわざるを得ない。
② 原告は、熊本県信用組合に融資又は融資枠の拡大の申込をしたが、同信用組合本店の審査が通らず、融資又は融資枠の拡大を受けられなかったので、被告県共済との間の火災共済契約を解約したいと言ったが、継続を勧められたため解約しなかったのであり、自ら積極的に被告県共済との間で火災共済契約を締結し継続したのではない旨の供述をしているが、証拠(甲八の1ないし3)によると、熊本県信用組合本店の審査が通らなかった理由は、原告が同信用組合から提出を求められた書類を提出しなかったことにあると認められるので、原告は、自ら融資又は融資枠の拡大を受けられない状況を招き、その結果根抵当権設定登記は抹消されたが、融資の関係では必要のなくなった火災共済契約については、そのまま継続されたのであり、根抵当権設定登記の抹消はもちろん、火災共済契約の継続も、原告の意思に基づくものであったとみることができる。
③ また、原告は、平成六年九月二八日の本人尋問のときには、本件建物及びその敷地の代金はすべて自己資金で賄った旨供述し、その後の平成七年四月一九日の本人尋問のときには、本件建物及びその敷地を競売により買い受けるに当たり、熊本県信用組合から約六〇〇万ないし七〇〇万円を借りたと供述しており、これらの供述と右(1)で認定した事実を併せ考えると、原告は、自己資金で本件建物及びその敷地を買い受け、いったんこれらの上に根抵当権を設定したが、その根抵当権も約七か月後には抹消したのであるから、そのころ原告が借金をしなければならない状況にあったかどうかは疑問であるといわざるを得ず、更に、この点と右②で指摘した点を総合して考察すると、原告が熊本県信用組合に融資の申込をして本件建物及びその敷地に根抵当権を設定したのは、本件建物につき火災共済契約を締結するための手段に過ぎなかったとの疑いがあるということができる。
④ なお、もし原告が実際に経済的に苦しかったため、本件建物及びその敷地を買い受けた後すぐ、これらを担保として熊本県信用組合から融資を受けたのであれば、そのような経済状態にありながら敢えて本件建物及びその敷地を買い受け、しかもその後一か月に満たない間に保険・共済金額が八五〇〇万円に上る火災保険・共済契約を締結したことになるので、右①で指摘した原告所有の建物への付保状況をも考慮すると、原告が本件建物及びその敷地を買い受けた理由や目的につき、多大の疑問が残るといわなければならない。
(3) 以上のとおりであるから、原告は、少なくとも、本件建物を買い受けた後、自ら積極的に本件各契約を締結したというべきであるし、更に進んで、本件建物を競売により買い受けたとき既にこれについて火災保険・共済に加入することを考えていた可能性も否定できないといわなければならない。
(二) 本件火災の原因
前記争いのない事実等の外、証拠(乙一、八ないし一〇、一二、一四、一六、一七、七九、一二一、原告)及び弁論の全趣旨によると、本件建物の焼燬状況については、中央棟は、一、二階共に焼燬が激しく全焼の状態であり、西側棟が半焼し、南側棟及び土蔵の一部が焼損しており、更に中央棟のうち、特に一階部分の焼燬が激しく、別紙符号見取図の(ロ)の一階物置の床板がほとんど焼失して根太も焼き切れていたので、この物置が出火場所であると推定されたこと、また、この物置の西側(通路側)の高さ三〇センチメートルの敷居が激しく焼燬し、敷居上の鉄製のガラス引戸のレール二本が焼き切れており、その付近(部屋の内側)の下の炭化物から強い油の臭いが感じられ、油性反応があったこと、別紙符号見取図の(へ)の新風呂場の西側屋外に風呂のボイラーが設置され、輻射熱により一部に焼燬がみられるが、ボイラー自体の焼燬はみられず、近くの燃料タンクには深さ約二分の一まで灯油が入っていたが、油洩れはなかったこと、本件建物は、本件火災の前から空家となっており、中央棟の東側の屋外に設置された電気量計をみると、配線が電気量計の上部で止められ、本件建物には電気が通っていなかったため、電気による出火の可能性はなかったこと、別紙符号見取図の(ヲ)の板張りの間付近のアルミサッシの窓が施錠されておらず、子供の火遊びや外部の者による放火が考えられたが、近隣住民の一人は本件建物内に日頃だれかが入ったり子供らが遊んだりするのを見たり聞いたりしたことはないと供述している上、出火時間が午前二時三〇分ころであったため、子供の火遊びによる出火の可能性は否定されたこと、また、原告は、平成元年七月二五日から研修で韓国のソウルに行っており、本件火災があった同月二七日の午後一〇時三〇分ころ帰宅し、娘から本件火災が発生したことを聞いたのであり、原告が本件火災の発生時に本件建物内にいた可能性はないこと、Tは、昭和六二年一〇月ころ岩崎商店が倒産して憲子が行方不明となった後、本件建物を管理し、原告からも本件建物の管理を依頼され、従業員を月二回程度見に行かせた外、扉等は施錠し、釘等で打ち付けて鍵がなければ入れないようにしていたことなどの事実を認めることができる。そこで、これらの事実に基づいて勘案すると、本件火災の原因は、何者かによる放火又は失火である疑いが強く、何者かが本件建物内に侵入した可能性があるところ、本件建物には施錠されていない箇所があったとはいえ、その部分は公道に面しておらず、鍵がなければ外部からの侵入は容易ではなかったと認められるから、鍵を所有する者が本件火災に何らかの形で関係した可能性があるというべきであるが、それ以上の判断は困難であるといわざるを得ない。
なお、原告は、本人尋問において、本件建物には和夫の息子や娘が出入りしていたし、岩崎商店の負債が多かったので、返済を受けられず恨みを持つ債権者もいたと供述しており、確かに、証拠(乙一一、一二、一四)によると、和夫と憲子の間の長男である岩崎和久(以下「和久」という。)が平成元年初めころ本件建物内から家財道具を持ち出したことがある外、それまでにも何者かが本件建物内で壁に落書をし、また物色した形跡があったと認めることができる。しかし、本件建物は、和夫が所有していたが、本件火災当時は原告が競売によって買い受けていたのであり、和夫、憲子及び和久はもはや本件建物について利害関係を有していなかったこと、岩崎商店の債権者が不穏な言動をしていた形跡は、証拠上見受けられないことなどにかんがみると、和夫、憲子及び和久や岩崎商店に対する債権者が本件建物に放火した可能性は低いというべきである。
以上のとおりであるから、Tは本件建物を管理しており、原告は本件建物の所有者であり、いずれも本件建物の鍵を保有していたと考えられる上、右のとおり鍵を所持する者が本件火災に何らかの形で関係した可能性があるので、結局、Tや原告が本件火災に何らかの関与をした疑いは否定できないといわなければならない。
(三) 原告が本件建物を取得した経緯及び目的
(1) 証拠(甲二、三の1、2、四、乙一四、七四ないし七六、七八、七九、八一ないし八四、一二一、一二二、一二三の10、証人T、原告)及び弁論の全趣旨によると、本件建物の元の所有者は和夫であり、その店舗部分では岩崎商店が酒類と日用雑貨の販売業を営み、その余の部分で和夫がその家族と共に居住していたが、和夫は入退院を繰り返しており、岩崎商店の実質的な経営者は憲子であったこと、ところが、憲子は、昭和五五、六年ころ、宝石商をしていた和夫の弟が約一三〇〇万円の借金をして家出したため、その借金について保証していたことなどが原因で岩崎商店の経営状態が悪化し、金融業者等から借金をして資金繰りをしたこと、憲子は、昭和六一年、和夫の知人に相談し、T建設が工事代金に運転資金を上乗せした金額を相銀住宅ローンから借りてくれると聞き、T建設を訪れ、その代表者であるTに相談し、同年八月二九日付で本件建物及びその敷地に根抵当権を設定した上、相銀住宅ローンから本件建物の店舗改装工事費を含めて四〇〇〇万円を借り入れたこと、そして、憲子は、右借入に当たって根抵当権を抹消してもらうため熊本県信用組合に対する債務を返済した外、T建設に対し、同年六月二五日、本件建物の店舗改装工事を代金二五〇〇万円で依頼したが、追加工事分を含めて代金は約三〇〇〇万円となり、これらの返済費用や工事費用を右借入金から支払ったこと、その後、Tは、昭和六二年一二月ころ、岩崎商店が倒産し、憲子が本件建物内に家財道具や商品を置いたまま行方不明になり、昭和六三年九月ころには和久も本件建物から転居したため、相銀住宅ローンから依頼されて本件建物の管理をしていたこと、その間、相銀住宅ローンは、熊本地方裁判所三角支部に本件建物及びその敷地について競売の申立てをし、同年二月二二日競売開始決定を受け、同月二三日差押登記が経由され、競売手続が進められたこと、また、原告は、憲子が行方不明になったころ、憲子に対して貸金二八〇万円を有していたので、本件建物及びその敷地が競売に付されることを知り、これを買い受けて転売し、貸金を回収しようと考え、本件建物及びその敷地を買い受けたこと、そして、原告は、Tも憲子に対し約八〇〇万円の債権があると聞いていたので、Tにも少し利益を得させようと思い、本件建物及びその敷地の売却を依頼したこと、一方、Tは、岩崎商店が振り出した手形にT建設が裏書をし、岩崎商店の代わりに手形の支払をしたため、憲子が行方不明になった後、和久に対して憲子の所在を尋ねるなど、憲子の所在を探していたこと、Tは、その経営するT建設において、原告と共に本件建物及びその敷地を競売により買い受けようと考えていたが、資金繰りがうまく行かなかったため、結局、原告が一人で買い受けたこと、そして、Tは、本件建物の管理を続けながら、本件建物に「売店舗」の貼り紙をして買主を探したことなどの事実を認めることができる。
そこで、これらの事実をもとに判断すると、原告とTは、いずれも岩崎商店や憲子に対して債権を有していたことから、共同して本件建物及びその敷地を転売し利益を得ようと考え、その実現のため、原告が本件建物及びその敷地を競売により買い受け、Tがこれを管理すると共に売却のために働いたと推測することができる。
(2) これに対し、原告は、本人尋問において、最初は本件建物で縫製工場を経営しようと考えたと供述し、証人Tも、原告から本件建物の管理を依頼されたとき、縫製工場を経営するための人数を集めて欲しいと頼まれた旨証言しているが、その一方で、原告は、本人尋問において、実際に縫製の仕事をしたことはなく、具体的にどの程度の資金が必要かについでも計算していなかった旨の供述をもしており、縫製工場の具体的な計画を立てていたわけではなく、実際に縫製工場の経営を考えたかどうかさえ疑問であるといわなければならない。更に、原告は、本件火災の翌日である平成元年七月二八日、警察官に対し、本件建物とその敷地を合わせると約二〇〇〇万円の価値があるので、これを一三〇〇万円余りで買い受けて転売すれば、利益を得られると考えた旨、すなわち、原告は、憲子に対し五二〇万円の貸金があり、憲子が相銀住宅ローンから四〇〇〇万円を借り入れたときに三〇〇万円を返してもらい、昭和六二年一〇月下旬ころまた憲子に六〇万円を貸し付けたが、その後、憲子が行方不明になり、貸金合計二八〇万円を返してもらえなくなったため、昭和六三年一一月中旬ころ、宇土市役所の告知板で本件建物及びその敷地が競売に付されることを知ったとき、これを買い受け、貸金の回収をしようと考えた旨供述している(乙七九)ので、この供述内容をも勘案すると、原告が本件建物及びその敷地を買い受けた目的は、縫製工場を経営するためではなく、これらを転売して利益を得るためであったことが明らかであるということができる。
また、原告は、本人尋問において、本件建物の転売を主導したのはTであって、原告は転売には消極的であったと思わせる内容の供述をしている、すなわち、原告は、Tに本件建物の管理を任せていたが、Tから本件建物を売却したらどうかと言われて一任したに過ぎず、売却代金についても、買主と相談しないと分からないので漠然としていたとか、競売で買い受けた後間がなかったので決めていなかったとかとあいまいな供述をしているが、原告は、本件火災の翌日、警察官に対しては、憲子に二八〇万円を貸していたが、Tも憲子に約八〇〇万円を貸していると聞いていたので、Tにも利益を得させてやろうと思い、本件建物及びその敷地を競売によって買い受けた後すぐTにその売却を依頼した旨供述しており(乙七九)、この警察官に対する供述は、原告の本人尋問における右供述と対比して信用性が高いといわなければならず、原告は、本件建物の転売について積極的であったということができる。
次に、Tは、主尋問において、本件建物を自ら買い受ける予定はなかったし、原告が本件建物を買い受けたことも後で知った旨証言しているが、原告は、本件火災の翌日である平成元年七月二八日、警察官に対し、当初、原告とTの二人で本件建物を競売で購入しようと思ったが、Tの資金繰りがうまく行かなかったため、結局、原告一人で入札することとした旨供述していること(乙七九)、Tは、同年八月一三日、消防署員に対し、T建設が本件建物を競売により買い受ける予定であった旨供述していること(乙一四)、Tは、反対尋問において、本件建物を買い受けようと思ったが憲子に悪いので止めたとか、原告と共同で買い受けようという話もあったような気がするとかという証言をしていることなどにかんがみると、Tは、その経営するT建設において、原告と共に本件建物を競売により買い受けようと考えていたが、資金繰りがうまくいかなかったため、結局、原告が一人で買い受けたと認められるのであって、これに反するTの右証言は信用できないというべきである。
(3) 以上のとおりであるから、原告が本件建物を買い受けた目的は、これを転売して利益を得るためであり、この目的を実現するため、Tが本件建物を管理し売却のために働いたものと認めることができる。
(四) 本件建物の管理状況
右(三)(1)で認定した事実の外、証拠(乙七九、一二三の11、証人T、同萩野國夫、原告)及び弁論の全趣旨によると、Tは、岩崎商店や憲子に対して多額の債権を有しており、憲子が行方不明となった後、その所在を探したが、結局、所在は判明しなかったこと、Tは、本件建物について競売手続が開始される前から相銀住宅ローンに依頼されて本件建物を管理し、自ら本件建物を競売により買い受けることも考えたが、これを断念し、原告が買い受けた後も、本件建物の管理を続け、原告に本件建物について火災保険に加入しておくように勧めたこと、原告は、本件建物の所有権を取得した後、空家のまま、その管理をTに任せており、Tから本件建物に出入りする者がいる様子が窺われることや、売家である旨の貼り紙をしてもすぐ破られると聞いていたにもかかわらず、自ら本件建物の戸締まりについて調べたことがなく、本件建物の管理状況に関心を示していなかったこと、また、Tは、右二2(五)の(1)ないし(3)のとおり、三件の火災に関係して保険・共済金を受領したが、同(1)の罹災建物は製材工場と作業場であり、その火災の原因は大工が焚火をした後の火の不始末と考えられ、同(2)の火災の原因は従業員の煙草の火の不始末と考えられること、なお、同(3)の罹災建物は、以前は旅館として使用されていたが、その後は空家となった建物であり、T建設が同建物について工事を請け負ったが、途中で施主が行方不明になったため、当時T建設の従業員であった米村の所有名義とされたものであること、また、Tは、右二2(五)の(4)のとおり、昭和五四年から昭和五六年にかけて、T夫婦その他の関係者が交通事故に遭うなどした結果、少なくとも五〇〇〇万円の保険金を受け取ったことなどの事実を認めることができる。
そこで、以上の事実と右(三)(1)で認定した事実を総合して判断すると、原告は、憲子に対して二八〇万円の貸金債権を有しており、その債権の回収のため本件建物を買い受けたが、過去に三回以上の保険・共済金の取得歴があるTに本件建物の管理等を任せながら、本件建物の管理や利用について格別の関心を払っておらず、一方、Tは、岩崎商店や憲子に対する債権を回収しようと考えて本件建物を管理し、原告に本件建物について火災保険に加入するように勧めたり、本件建物の売却に努めたりしたのであるから、結局、原告とTは、本件建物を転売してその売却代金から岩崎商店や憲子に対する債権を回収しようと考えていたということができるのはもちろん、更に火災保険・共済金から債権を回収しようと考えていた疑いさえあるといわなければならない。
(五) 本件建物の評価
証拠(甲七四、七五、七八)によると、本件建物の競売手続では、本件建物とその敷地を一括して一三九一万三〇〇〇円と評価され、そのうち本件建物の評価は四〇五万二〇〇〇円であったと認めることができるが、他方において、証拠(乙三、一六、一八ないし二一、二七)によると、消防署による調査の結果、本件建物の評価につき、中央棟が一〇九五万五〇〇〇円、南側棟が三五八万五〇〇〇円、西側棟が三六三万一〇〇〇円、土蔵(物置)が六四万五〇〇〇円で、これらの合計が一八八一万六〇〇〇円であり、本件建物全体ではこれを上回る価値があると判断されたと認めることができる。そこで、検討するに、消防署による調査の結果は、消防士が本件建物の建築に当たって使用した材料をもとに評価したものと思われるが、競売手続における評価では、不動産鑑定士により、本件建物の構造上の種類、使用資材の種別、施工の質及び量等、建物価格を形成している一般的、個別的要因を総合的に判断して建物価格を算定した上、法定地上権価格を加え、市場性を考慮して建物評価額が算定されているので、競売手続における評価の方が信頼性が高いということができる。
次に、原告は、本人尋問において、本件建物の評価につき、本件建物には被担保債権額の合計が八〇〇〇万円の抵当権が設定され、約三〇〇〇万円を費やして増改築されているので、約八〇〇〇万円、少なくとも五〇〇〇万ないし六〇〇〇万円の価値はあるものと思っていた旨供述しており、確かに、前記(三)(1)で認定したとおり、憲子は、T建設に対し、本件建物の店舗改装工事の代金として二五〇〇万円(追加工事分を含めると約三〇〇〇万円)を支払っており、また、証拠(乙八二、八三)によると、本件建物には、相銀住宅ローン及び片山則俊(以下「片山」という。)に対する各四〇〇〇万円の抵当権が設定された事実を認めることができる。しかし、本件建物の店舗改装工事や抵当権の設定後に行われた競売手続により、本件建物が四〇五万二〇〇〇円と評価されており、原告もこれを前提として本件建物を買い受けたこと、原告は、平成元年七月二八日、警察官に対しては、本件建物の敷地だけで一二〇〇万円から一三〇〇万円で、これに本件建物を加えると約二〇〇〇万円になると考えていた旨供述していること(乙七九)、更に、相銀住宅ローン及び片山のため本件建物に抵当権が設定された際、本件建物等の担保価値が適正に評価されたかどうかは必ずしも明らかではなく、右のような抵当権設定の事実から直ちに本件建物の価値が八〇〇〇万円であったとはいえないこと、本件建物について店舗改装工事が行われたとしても、この工事に要した費用分だけで本件建物の価値が増加するわけではなく、実際にこの工事によって本件建物の価値が増加したのかどうかも明らかでないこと、本件建物は、宮ノ前地区にあり、昭和四四、五年ころまでは同地区が繁栄していたが、本件火災当時は、郵便局等が西原地区に移転した外、同地区にスーパーが開店するなど、同地区が発展した反面、宮ノ前地区はさびれていること(乙一二三の1、13、14、証人萩野國夫)などを考慮すると、本人尋問の際の原告の供述中、本件建物の価値が少なくとも五〇〇〇万円はあると思っていたとする部分の信用性は乏しいといわざるを得ない。
以上のとおりであるから、原告は、本件建物の競売手続では四〇五万二〇〇〇円と評価されたことを認識した上で、本件建物が七〇〇万円ないし八〇〇万円で、その敷地が一二〇〇万ないし一三〇〇万円であると考え、本件建物とその敷地を買い受けたということができ、結局、原告としては、本件建物を高くても八〇〇万円と判断していたといわなければならない。
(六) 原告の火災保険・共済金の取得歴
(1) 第一火災について
証拠(乙六三ないし六七、一二三の11、証人萩野國夫、原告)及び弁論の全趣旨によると、第一火災の罹災建物には原告の妻の両親が居住していたが、第一火災前の昭和五五年五月一日午後三時ころから旅行に出掛けていたこと、第一火災の原因につき、結論的には不審火によるもので原因は不明であるが、電気こたつが通電状態であったことから過熱によって出火した可能性があり、また施錠されていない窓ガラス戸があったことから外部の者が侵入して放火した可能性も否定できないと判断されたことなどの事実を認めることができ、これらの事実に加え、前記二1(七)(1)②のとおり、原告が第一火災により被告県共済から火災共済金一〇九八万円を受領し、熊本県農業共済組合連合会から火災共済金一六〇〇万円を受領したことをも勘案すると、少なくとも、原告は、放火の可能性を否定できない不審火による火災の結果、火災共済金合計二六九八万円を受領したということができる。
なお、被告らは、原告が富士火災との間でも火災保険契約を締結しており、これに基づいて火災保険金約一〇〇〇万円を受領した旨主張しているが、原告が第一火災の罹災建物について富士火災との間で火災保険契約を締結していた事実を認めるに足りる証拠はなく、被告らの右主張は採用できないというべきである。
(2) 第二火災について
証拠(乙四二、一二三の11、一四〇の1ないし3、一四二の1ないし4、一四三ないし一四六、証人萩野國夫、原告)及び弁論の全趣旨によると、二火災の罹災建物があった土地上には、第二火災前には木造瓦葺平家建の約六六平方メートルの建物があり、この建物は、昭和五三年八月一六日午前二時三〇分ころ、居間に置いてあった蚊取り線香が畳の上に落ちたことが原因と思われる火災により全焼したこと、Bは、この建物について二口の火災保険・共済契約を締結しており、火災保険・共済金合計約一四八〇万円を受領したこと、また、Aは、建物を新築するため住宅金融公庫から融資を受けたが、その融資の条件として、同年一二月二二日、安田火災との間で、保険金額を一〇〇〇万円とする火災保険契約を締結したこと、ところで、原告は、昭和三〇年ころから平成元年ころまで個人で金融業を営んでいたが、昭和五五年夏ころと暮れころの二回にわたり、Bに合計一二〇万円を貸し付け、A名義の第二火災の罹災建物につき、昭和五六年一二月二四日、債務者をA、債権額を一〇〇〇万円とする抵当権設定登記を経由したこと(なお、原告は、Bに対する貸付額につき、本人尋問の際には一〇〇〇万円と供述しているが、警察官に対する昭和五七年五月一一日付供述調書及び検察官に対する同月二四日付供述調書では、抵当権設定登記を経由したときは元金一二〇万円と利息を合わせて約一七〇万円であったが、B又はAの了解を得て一〇〇〇万円の抵当権を設定した旨説明していること、Bは、調査に訪れた萩野國夫に対し、原告からの借金の額が一二〇万円であると説明したこと((乙一二三の11、証人萩野國夫))などにかんがみると、本人尋問の際の原告の右供述は信用し難いというべきである。)、原告は、第二火災の後、右のとおり罹災建物に抵当権を設定していたので、安田火災の顧問弁護士から連絡を受け、物上代位権に基づき、火災保険金約四〇〇万円を受け取ったこと、また、第二火災は、昭和五七年五月六日午後一時三〇分ころ発生したもので、その原因はBの放火であったこと、すなわち、Bは、第二火災当日の午前一一時ころ原告の訪問を受け、原告からの借金の返済について話し合った後、火災保険・共済金を取得して借金をすべて清算しようと考え、放火を決意したことなどの事実を認めることができる。
更に、証拠(乙一四〇の1、4、一四一、一四六、)及び弁論の全趣旨に基づいて勘案すると、第二火災の罹災建物については、原告が抵当権設定登記を経由した後の昭和五七年三月三〇日ころ、被告県共済との間で共済金額を二〇〇万円とする火災共済契約が締結されたが、その契約者が「A」とされており、Aが自分の名前を間違えるとは考えられないので、Aがことさら漢字を変えて自分の名前を記載したか、A以外の者がAの名前を勝手に使用して契約を締結したかのいずれかであると考えられ、しかも、Bは、「A」の筆跡はBのものではなく、その名下に押捺された印章にも見覚えがないと供述しているので、結局、右火災共済契約の締結については不明朗な部分が残るといわなければならない。
したがって、右に認定した事実、とりわけ、原告は、元利合計で約一七〇万円の貸金の担保として被担保債権額を一〇〇〇万円とする抵当権を設定したこと、原告は、第二火災の直前にB方を訪れ、Bの借金について話をしたこと、Bは、その直後に放火の決意をしたことなどを考慮し、かつ、原告が第二火災の罹災建物に抵当権設定登記を経由した後、同建物について被告県共済との間で火災共済契約が締結されているが、同契約の申込をした者が明らかでなく、不明朗な部分があることなどをも勘案すると、Bが放火の決意をしたことにつき、原告が何らかの影響を及ぼした可能性を否定できないというべきである。
(3) 第三火災について
証拠(甲九、乙三〇、三一、三四、一二三の11、一二四、一二五、一五九ないし一八四、一九六、証人萩野國夫、原告)及び弁論の全趣旨によると、第三火災の出火場所は、罹災建物の焼燬状況からみて玄関の板張部分、炊事場、玄関横の応接間のいずれかであると判断されたが、罹災建物には電気が通じていなかったので漏電は考えられず、第三火災の約一か月半前の昭和五八年七月二〇日より空家になっており、外部からガラス戸が破られていたことなどから、放火の疑いが強かったこと、Cは、昭和四二年ころからC工業の名称で土建業を営んでいたが、他人の保証人となったことや受注先から受け取った手形が不渡りとなったことから、昭和五五、六年ころ倒産したこと、原告は、昭和五六年三月二七日、Cに二六〇〇万円を貸し付けると共に停止条件付代物弁済契約を締結し、同年四月六日、第三火災の罹災建物につき、右代物弁済を原因とする条件付所有権移転仮登記を経由したこと、八代信用組合(現在の熊本県信用組合)は、第三火災の罹災建物とその敷地の上に設定した根抵当権に基づき、熊本地方裁判所八代支部に不動産競売の申立てをし、昭和五七年六月三日不動産開始決定を得たこと、Cは、同年九月二七日ころ、被告県共済との間において、第三火災の罹災建物につき、共済金額を一〇〇〇万円とする火災共済契約を締結したこと、また、原告は、第三火災の罹災建物であるC所有の建物につき、Cの承諾を得て、原告名義で、同年一〇月二七日興亜火災との間で保険金額二〇〇〇万円の火災保険契約を、同年一二月二三日金剛農協との間で共済金額一四〇〇万円の火災共済契約をそれぞれ締結し、その保険料を支払ったこと、被告県共済は、昭和五八年一二月二八日、第三火災に基づき、質権を設定していた八代信用組合に共済金一〇〇〇万円を支払い、Cに罹災による損害てん補金として七五万円を支払ったこと、また、原告は、第三火災の後、興亜火災及び金剛農協との間の各契約に基づき、少なくとも約一七〇〇万円の火災保険・共済金を受け取ったが、そのうち約三〇〇万円をCの営む土建業の債権のための資金としてCに渡したこと、その他、原告は、昭和五八年二月ころ、日動火災との間において、第三火災の罹災建物につき、保険金額を二〇〇〇万円とする火災保険契約を締結したことなどの事実を認めることができる。
そこで、右に認定した事実をもとに判断すると、原告が火災保険・共済金によってCに対する貸金を回収する結果になったということができるのはもちろん、更に進んで、原告が当初からCに対する貸金を火災保険・共済金から回収する目的で火災保険・共済契約を締結した可能性が高いといわなければならない。
2 争点(二)について
保険制度は、本来偶然の事故発生に対し、その損害の填補を行うものであるが、保険契約が多額の保険金を不正に取得する目的をもって締結された場合は、一般に被保険者が自ら保険事故を招致する危険が高いので、このような場合に保険金の支払に応じることは、保険制度の悪用を許し、いたずらに保険事故によって利益を得ようとする射倖心を助長することになり、正常な保険制度の維持という観点から見て是認できるものではなく、社会的相当性を逸脱するので、右のような目的をもって締結された保険契約は、公序良俗に反し無効であるといわなければならず、共済についても同様であるということができる。そこで、前記争いのない事実等と右1における認定や判断を前提として、原告が保険・共済金を不正に取得する目的をもって本件各契約を締結したかどうかについて検討すると、次の諸点を指摘することができる。すなわち、
(一) 本件火災の発生原因として最も可能性が高いのは、何者かによる放火又は失火であるが、鍵がなければ本件建物への侵入は容易ではなかったと認められるので、鍵を保有していたと思われる原告又はTにおいて、その鍵の保管に落度があったなど、何らかの形で本件火災に関係した疑いは否定できないといわざるを得ないこと、
(二) 原告は、昭和六三年一二月一九日被告東京海上との間で保険金額が合計四五〇〇万円となる二口の火災保険契約、同月二八日被告県共済との間で共済金額一五〇〇万円の火災共済契約、右同日被告字城共済との間で共済金額二五〇〇万円の火災共済契約を相次いで締結しており、その約七か月後の平成元年七月二七日に本件火災が発生したこと、
(三) 本件各契約の保険・共済金額は合計八五〇〇万円であるが、不動産競売手続における本件建物の評価額は四〇五万二〇〇〇円であり、原告も、本件建物を競売により買い受けるに当たり、その価格を七〇〇万ないし八〇〇万円と見積もっていたのであるから、本件各契約の保険・共済金額は、本件建物の価格に比べてかなり高額であったこと、
(四) 原告は、本件建物を転売して利益を得る目的で買い受けたものであり、しかも、本件建物を買い受けた時点で既にこれについて火災保険・共済契約を締結することを考えていた可能性もあり、実際に、昭和六三年一二月一三日に本件建物を競売により買い受けた後、同月一九日と同月二八日に自ら積極的に本件各契約を締結したこと、
(五) しかも、原告は、その当時、本件建物以外にも建物を所有していたが、空家である本件建物に保険・共済金額の合計が八五〇〇万円の火災保険・共済契約を締結した外は、第一火災後に再築された建物につき、その再築資金を借りるため保険金額約一五〇〇万円の火災保険契約を締結しただけであり、原告夫婦とその二女が居住する建物、原告の長男が妻子と共に居住する建物、第三者に賃貸している建物のいずれについても、火災保険・共済契約を締結していなかったこと、
(六) 原告は、第一火災(放火の可能性のある不審火による火災)により少なくとも火災共済金一六九八万円を受領し、第二火災(原告から借金をしていたBの放火による火災)により火災保険金約四〇〇万円を受領し、第三火災(放火の疑いの強い火災)により火災保険・共済金約一七〇〇万円を受領したものであり、しかも、第二火災ではBが放火を決意するに当たって原告が何らかの影響を及ぼした可能性を否定できず、第三火災では原告が当初からCに対する貸金を火災保険・共済金から回収する目的で火災保険・共済契約を締結した可能性が高いこと、
(七) 原告は、本件建物の管理をTに任せていたが、そのTは、本件建物で酒類や日用品の販売をしていた岩崎商店やその実質的な経営者であった憲子に対して多額の債権を有していた上、過去に三件の火災に関係して保険・共済金を受領しており、それ以外にも、T夫婦やその関係者が交通事故に遭うなどした結果、少なくとも五〇〇〇万円の保険金を受け取ったことがあること、
以上の諸点を指摘することができる。
そこで、これらの諸点を総合して考えると、本件各契約は、原告が実損害額以上の保険・共済金を不正に取得する目的で締結したものと推認することができるので、公序良俗に反する無効な契約であるといわなければならず、被告らは、本件各契約に基づく保険・共済金の支払を拒絶することができるというべきである。
3 結論
以上のとおりであるから、争点(三)について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないといわなければならない。
(裁判官河田充規)
別紙<省略>